河野木綿子氏 仕事の英語パーソナルトレーナー 代表
小笠原隆夫氏 ユニティ・サポート 代表
齊藤 孝浩氏 ディマンドワークス代表
天田幸宏氏 コンセプトワークス株式会社 代表
ブログでの発信、専門誌への執筆など、さまざまな媒体で表現することによって、新たな仕事の機会が生まれることがある。そこで、書籍出版をきっかけにして、新しい顧客をつかみたいと考えている方も多いだろう。書籍出版の前後では、明らかに環境に変化がある。出版経験者のそれぞれのビフォーアフターを共有し、今後のICのブランディングを考えていきたい。
また、数多くの出版プロデュースを手かげてきた天田氏から最近の出版事情を伺い、ICにとってどんな出版がいいのか、どんなブランディングがあるのかについて聞いた。
1冊目の重版は必須? 〜河野木綿子氏
私は25年間大手外資系企業で人事の仕事をしていました。40代後半に今のスケジュールでは体がもたないと感じ、自分が好きで得意なことで若い人を育てる仕事をしたいと考えたところ、それが「英語を教える」ことでした。
2014年に独立しましたが、1年くらいは英語学校に在席してカフェなどで教えていました。その後、著者スクールに通い、出版オーディションを経て1冊目を出しました。
英語本は初版5000冊で、重版にならないと2冊目は難しいといわれます。重版にならなかったので2冊目は出せないなと思っていましたが、著者限定のパーティーで気が合いそうな編集者にフライヤーを渡したら、次の日に「書き始めてください」と言われました。
この2冊目がきっかけで、大手町での民間団体の公開セミナーに講師として呼ばれ、「海外から家族連れで日本へ派遣される外国人上司のストレス」について話をしました。すると、参加していたライターさんから取材依頼があり、プレジデントオンラインに2回記事が掲載されました。さらにそれを見たマイクロソフトの役員から「そんなことに気づいてくれる日本人に会ったことがない」と声がかかり、マイクロソフトで受注できたことがありました。その頃には英語教材の取材の常連入りもしていました。
響いた人だから成約率も高い
本を出すということは、少なくともコンテンツがあってロジカルにまとまっているということですし、社会的信用ができます。出版後、HPに初めて問い合わせが入り、その後は度々入るようになりました。ブログに本の広告を出したら、そこからも問い合わせがあります。昔憧れだった講師の方々や、出版社の方ともネットワークができます。
一番いいのは、自分の考えに合う、相性の良さそうな人からしか問い合わせが来ないということです。本を読んでHPを見て、この人に習ってみたいなという人から問い合わせがくるので、非常に成約率が高いです。逆に、こちらもクライアントを選ぶこともできます。
デメリットは、書くことそのものよりも書店回りや販促が大変だということです。また執筆は通常業務に上乗せなので、うまくコントロールしないと体を壊してしまうことになりかねません。
また、本を出せればいいというものではなく、自分のブランドに傷がつくようなものを出してはいけないと著者仲間から言われています。自分のブランディングが崩れるようなものはやらないほうがいいですが、1冊目については、機会があり、自分の信念と正義感に反するものでなければ、出してみたらいいのではないでしょうか。
すべてはブログとコラムから〜小笠原隆夫
IT企業に新卒で入社し、システム開発を約8年担当した後、人事に移動しました。その後M&Aを2度経験し、退職・独立しました。M&Aは組織文化のぶつかり合いであり、感情を無視して人事は成り立たないことを体感しました。その経験を生かして、現在は企業の人事の支援、作業の支援、人材開発などを請け負っています。
書籍を出版したのは、ブログとコラムがきっかけです。営業は苦手ではないのですが、コンサルタントの営業は、自ら売り込むほどブランド価値が下がると感じていました。とはいえ、選択肢は少なく、始めは自分のHPを作りましたが、それだけでは見に来てくれません。そこで専門家の検索サイトに登録して、週に1、2本のペースで記事を書いていました。当時、執筆の依頼と講演の依頼は、どんなに条件が悪くてもやろうと思っていたので、そこからいろいろなかたちでつながったと思います。
ポータルサイト内の記事を150本ほど書いた頃、執筆の主軸をブログへシフトしました。そのほうが検索にもヒットしますし、目につきやすくなるからです。日曜以外は、毎日アップしました。ストックがあったので苦労して書いたという感覚はありません。
半年すぎた辺りから、急にいろいろな反響がくるようになりました。
まずブログの記事のリンク依頼、次にWebの記事の執筆依頼がくるようになりました。最初はどちらもほぼ無料でしたが、だんだん有料化できていきました。また単発での依頼から連載依頼が増え、そのうちにラジオの取材が入り、次にTVの取材が入りました。
今回の出版はあるWebメディアが入り口で、1年間24本の連載が終わったら書籍にするかたちでした。少しずつ書き溜めることができ、負担は少なかったと思います。また出版社の方に添削やダメ出しもしていただいたので、独り善がりにならずにすみました。
出版したという事実がブランディングになる
出版後の変化として実感するのは、顧客からの信頼度アップです。仕事の依頼が急増したわけではありませんが、顧客には非常に説得力があったようです。また、仕事を発注してくれるとき、社内での判断材料にされているようです。
出版することのマイナス要素は全くないと思っています。全然売れない、おもしろくないということもあるかもしれませんが、そういう本だとしても出版したという事実がブランディングになると思います。
まだ出版経験のない方々も、発信していくコンテンツや企画があるのなら、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。
出版とは? 3つのキーワード〜 齊藤 孝浩
ファッションチェーン店における店頭在庫の最適化とチェーン本部の人材育成のコンサルティングを専門としています。商社のアパレル部門やヨーロッパのブランドの法人立ち上げに携わったり、独立直前の5年間は小売チェーン店で働いたりしていました。そこで培ったノウハウで独立して16年になります。出版した本は3冊です。
3冊とも時代に合わせた、ファッション小売業向けの在庫コントロールがテーマになっています。独立したのが2004年なので、独立9年目でようやく1冊出しました。
2005年からブログも書いていて、これが書くための蓄積になったと思います。自分の専門性を時事問題とからめて在庫最適化の切り口で読み直すという方法で執筆し、まもなく2000本になります。
1つは次世代への引き継ぎ処理だと思って書いています。これまでやってきたことを体系化して、ノウハウも含めて全てオープンにすることによって、次のステージに行きたいと考えています。
次に、異業種の方向けにわかりやすく書くことによって、業界内の人たちが気づいていない解釈に気づくことがあります。書評サイトやアマゾンのコメント、ツイッター、FBなどで、新しい解釈を発見できます。専門性の新しい可能性を教えてもらえる鏡だと思っています。
3つ目は業界大手の事例を専門性で解説することによって、立場をアップグレードすることができると感じています。独立する直前は年商100億円規模をめざすの中堅会社にいたので、同じような規模の会社からの依頼がほとんどでした。しかし、『ユニクロZARA』を書いたあと、周囲の見方が変わったと感じました。どんな規模にも通用する専門性はあるので、それをユニクロ、ZARAの事例とからめて紹介したのですが、大手に詳しい人、グローバルチェンジに詳しい人という位置づけにポジショニングされ、それまでほとんどなかった東証一部や大手の仕事が非常に増えました。
専門性を具体的事例でわかりやすく
最近出した『アパレルサバイバル』は現在3刷です。中国語の翻訳も決まりました。『ユニクロZARA』は過去の話の整理ですが、『アパレルサバイバル』で未来のことを書いたら、また違う世界が開けたと思います。未来に対して不安になっている大手企業やアパレル企業だけでなく、商業施設やシステム会社など、いろいろなところから社内講演の依頼をいただきました。未来予測みたいなポジショニングで声をかけてもらっています。
いずれにしても、専門性をいかにみんながよくわかっていることにからめて説明できるかが大事なことだと思います。出版のマイナス要素は今のところ感じていません。出版には力があると思っています。
追い風に乗る〜天田幸宏
リクルートが発行していた起業支援情報誌『アントレ』で編集に携わり、たくさんの経営者の方とお話する中で、「本を出したい」というニーズがあることに気づきました。その後独立して出版プロデュース活動を開始、これまで約70冊を出版に携わりました。いろいろな経験をしてきましたが、商業出版においては成功の近道はありそうでないというのが正直なところです。
私の師匠である経営コンサルタントの藤屋伸二先生は、難解なドラッカー理論を図解した『ドラッカー経営のツボがよ〜くわかる本』を出版しています。しかし出版に至るまで、180社に断られています。ドラッカーは本来、大企業の経営者、役員向けですが、藤屋先生は図解化して、中小企業の社長向けというマーケットを作ろうとしました。当初はそこがなかなか受け入れられなかったようです。しかし、ドラッカー生誕100年(2009年)が必ず追い風になるから、それに合わせて出版できればいいという戦略を持っていました。ダイヤモンド社が出した『もしドラ』も生誕100年記念事業です。
藤屋先生の本は累計で200万部以上売れましたが、仕事の依頼が急増したかというとそうでもありません。では何をしたかというと、本当につきあいたい人は誰かということをしぼって、それに合わせて本を出したのです。それが現在、藤屋先生が開催している高額な経営塾の盛況ぶりにもつながっています。いろいろな情報発信の手段がありますが、本当にお金を出す人は書籍を読んでいます。コンサルタントや専門家が書籍を出し続ける理由はそこにあり、書店での出会いがその先のビジネスを生み出すと考えています。
できる編集者に出会うこと
出版には成功の方程式はないので、ビジネスとしても不安定ですし、難易度が高いと思っています。ロジックや常識が通用しないのです。
ですから、優秀な編集者に出会うことが重要です。私の経験則上、できる人は10人に1人くらいしかいません。そういう方は行動力もあるし、新しいものを取り入れる力も柔軟性もあります。ツイッターで出版について積極的に情報発信している優秀な編集者もいますので、どういう人がどんな発信をしているか、学んでいただけたらと思います。一方で、著者の皆さんが記憶に残る存在になってほしいと思います。会ったときに面白いかというよりは、また会ってみたいか、磨けば光る人か、編集者はプロなので一瞬でわかります。著者のキャラクターも問われていることを踏まえていただきたいと思います。
テーマ選びですが、1冊目は皆さんの実績を著すのがいいと思います。ただどうしても過去のことになってしまい、自己紹介的なものになりがちです。ですから2冊目はライフワークをテーマに出版することをお勧めしています。それによって人生がより豊かなものになり、今後の仕事にも結びつきます。
先進的な仕事をされている方は多いと思いますが、それを基準にしてしまうことはナンセンスです。むしろ出版で求められるのは、「●●入門」のような、わかりやすさです。先取りしすぎるとなかなか出せない、という負のスパイラルに陥りがちです。あるいはニッチを狙うという選択もあります。狭いが確実なニーズがあり、お金を払ってでも読みたいという人が確立されているのであれば、それを追求していくのもいいでしょう。
これからの時代は、「ストーリーを持っているかどうか」が重要です。出版の企画では、1冊の中でストーリーを打ち立ててほしいと思います。企画を30秒で説明して反応がなければ話が進みません。
計りしれない出版の魅力
私は著者側で交渉窓口に立つことが多いですが、今は本当に本が売れません。デビューしたくてもなかなかさせてくれないというのが、ここ数年の流れです。売れている方に2冊目3冊目を書いてもらったほうが楽ですし、出版社もリスクを取りたくないからです。
それでも、出版のメリットは計りしれないものがあります。どんな人が読んでくれるのか、どんな反応があるのかわかりません。それが出版の魅力なのかなと思います。